2018年8月31日に、プロジェクトの立上げからすでに5年が経過した《電子商取引法》(以下、「本法」)がついに全国人民代表大会常務委員会の表決を経て可決、公布され、2019年1月1日から施行される。本法は計七章89条からなり、中国国内の電子商取引活動の実施について、具体的かつきめ細かな規定がなされている。特に、中国において知的財産権の保護が日増しに重視、強化されつつあるこの大きな流れの中、本法の知的財産権の保護に関する条項は間違いなく大きな注目点であり、筆者は当該分野の事件の処理に関する経験を踏まえて、上述の「注目点」が知的財産権の保護の実務処理にもたらすプラスの影響について、読者に向けて分析を行う。
一般的に言うと、電子商取引分野において、電子商取引事業者にはプラットフォーム事業者およびプラットフォーム内事業者が含まれるが【1】、専利(特許、実用新案、意匠を含む――訳注)、商標、著作権などの知的財産権の権利侵害者の多くは後者であり、このような権利侵害者およびその権利侵害行為に対して、権利者は電子商取引プラットフォーム上での権利侵害に関する苦情の申立て、人民法院への民事訴訟の提起、関連の行政機関への行政に関する苦情の申立て、および(または)その他権益擁護措置を講じることができる。そのうち、電子商取引プラットフォーム上での権利侵害に関する苦情の申立ては、ここ数年、実務において徐々に多くの権利者の注目を集めている権利擁護手段であるが、その原因として、関連のプラットフォーム事業者が苦情に対して速やかで効果的な処理を行うことができれば、権利者の権利擁護の周期が短縮され、コストが低下することは間違いなく、さらには禁止命令に相当する効果を実現することができる場合もあるという点が挙げられる。また、電子商取引プラットフォームは権利侵害製品の取引情報を一定程度保存していることから、実務において権利者はしばしば電子商取引プラットフォームを権利侵害の証拠の入手源の1つとして、権利侵害者の利益獲得状況の証明に利用している。
以上の背景に基づいて、本法の以下の3点の内容に関する規定は、電子商取引分野の知的財産権の保護に対して前向きな影響を及ぼすものと筆者は考える。
一.電子商取引事業者の主体的な保護義務に関する規定
本法第5条の規定によると、電子商取引事業者は「消費者の権益の保護、環境の保護、知的財産権の保護、サイバーセキュリティ[原文では「网络案例」ですが、「電子商務法(電子商取引法)」第5条の該当部分は「网络安全」であり、原文の誤りと判断し、当該法律の条項に従って訳出しております。ご確認をお願いいたします。]と個人情報の保護等に関する義務を履行」しなければならないが、電子商取引の本質を突き詰めるとやはり取引であり、電子商取引プラットフォームは1つの「大きな売り場」に相当することから、消費者の権益の保護義務の履行は電子商取引事業者が負わなければならない基本的な義務であるが、本法では知的財産権の保護が消費者の権益の保護およびその他2種類の保護と並列とされており、電子商取引分野の知的財産権の保護を強化する立法者の決意が明確に示されている。
なお、本法では知的財産権の保護は電子商取引事業者の基本的な義務とされているが、これは電子商取引事業者が権利侵害事件を受動的に処理するだけであってはならず、主体的に措置を講じて知的財産権の侵害を防止する義務を負うことを意味するという点は、ここで説明しておくべきであろう。
二.権利侵害苦情の処理の手順および要件に関する規定
1.苦情ルート
本法第41、59および63条の関連規定によると、電子商取引事業者は「簡便で、効果的な苦情、通報の仕組みを構築し、……、苦情、通報を速やかに受理し、処理し」なければならず、また、電子商取引プラットフォーム事業者は「知的財産権の保護規則を制定し、知的財産権の権利者との協力を強化し」なければならず、「紛争のオンライン解決の仕組みを構築し、紛争解決規則を制定、公示し、自由意志の原則に基づいて、当事者間の紛争を公平、公正に解決することができる」。
上述の規定によると、筆者の見解では、電子商取引事業者、特にプラットフォーム事業者が知的財産権の保護規則、特に苦情に関する手引きを制定、公示することは、上述の義務を履行するための基本形式でなければならない。なぜならこれにより不特定の知的財産権の権利者は知的財産権の保護または権利侵害苦情措置を講じる場合に、プラットフォーム事業者と円滑に意思疎通を行い、プラットフォーム事業者の速やかな対応と支持を得て、プラットフォーム内事業者の権利侵害行為を効果的に制止することができるからである。
当然ながら、知的財産権の権利者は、電子商取引事業者が公示した苦情の手引きに従って苦情資料を提出していないが、当該苦情資料がすでにその他ルートを通じて送達されたことを証明する証拠がある場合は、電子商取引事業者はなお当該苦情に対して速やかかつ効果的に処理する義務を負わなければならず、苦情を受けていないものとみなしてはならない。
2.苦情資料
実務において、知的財産権の権利者が電子商取引プラットフォーム上で権利侵害苦情を申し立てる場合は、苦情資料には次の2つの内容が含まれていなければならない。第1に、苦情に関する要求、つまりプラットフォーム事業者が講じる措置に対する要求であり、例えば権利侵害製品の撤去、関連リンクの削除、関連取引および役務の終了などがある。第2に、権利侵害を構成することに関する初歩的な証拠で、権利証書および内容、権利侵害者の情報、権利侵害製品の情報、および(または)権利侵害に関する比較または説明などが含まれる。
これについて、本法第42条第1項では、知的財産権の権利者の上述の義務について包括的な確認が行われており、具体的な苦情に関する要求および証拠の内容は、専利、商標、著作権などの異なる種類の知的財産権の特徴、および関連の部門法の規定に基づいて理解する必要がある。
3.苦情処理
本法第42条第2項、第43~45条の規定によると、電子商取引プラットフォーム事業者は苦情通知を受けた後に、「必要な措置を速やかに講じ」、当該通知を苦情対象者に転送しなければならず、権利侵害が存在しない旨の声明を苦情対象者が提出した場合は、当該プラットフォーム事業者は当該声明を権利者に転送し、その後に続く処理方法を告知し、関連資料を速やかに公示しなければならない。そのうち、「必要な措置」に関する内容は、通常は、削除、遮断、権利侵害に係るリンクの切断、取引および役務の終了などがあり、本法にはそれ以上の規定はなく、個別の事件について知的財産権の類型、双方の意見と証拠および苦情対象製品の状況などに基づく判断が必要であるが、筆者の見解では、上述の規定により、「必要な措置」を速やかに講じて権利者の権益を保護するプラットフォーム事業者の積極性を喚起し、不作為の状況を減少させる前向きな効果を実現することができる。
また、本法第43条第2項ではさらに、電子商取引プラットフォーム事業者は上述の権利侵害が存在しない旨の声明を転送してから15日以内に、権利者が関連の行政機関に苦情を提出せずまたは人民法院に訴訟を提起しない場合は、すでに講じた「必要な措置」を終了しなければならない旨が規定されている。筆者の見解では、当該規定は一方で苦情権を乱用しないよう知的財産権の権利者に注意喚起し、その一方で当事者間に確かに意見の相違が存在する知的財産権侵害紛争に対して、速やかに司法手続きまたは特定の行政手続きを通じて解決を図るよう権利者を促すものであり、つまるところ、電子商取引プラットフォーム事業者は司法または行政のいずれの立場にもない。
以上から分かるが、上述の規定は知的財産権の権利者の苦情がプラットフォーム事業者の速やかな対応および処理を受けることをより十分に保障するものである。
4.法的責任
電子商取引分野の知的財産権の保護について、本法第42条第2項、第45条第2項、第84条では次の責任について規定されている。電子商取引プラットフォーム事業者は、苦情通知を受けた後に「必要な措置」を速やかに講じない場合は、損害の拡大部分について権利侵害者と連帯して責任を負う。電子商取引プラットフォーム事業者は、苦情対象者による知的財産権の侵害を知りまたは知っているべきであるが、「必要な措置」を講じない場合は、権利侵害者と連帯して責任を負い、権利侵害による損失について権利者に対して連帯賠償責任を負う。さらに、電子商取引プラットフォーム事業者に上述の行為が発生し、関連規定に違反した場合は、関連の行政機関は期間を定めて是正を命じ、期間が徒過しても是正しない場合は、情状に応じて人民元5万元以上200万元以下の過料に処する。
本法第42条第3項の規定によると、知的財産権の権利者は、苦情の誤りにより苦情対象者に損害をもたらした場合は、関連の賠償責任を負う。また、悪意による誤った苦情により、苦情対象者に損害をもたらした場合は、倍の賠償責任を負う。
筆者の見解では、以上の規定は本法の関連の義務規定の履行を保障し、電子商取引プラットフォーム事業者が知的財産権侵害紛争を速やかに法により効果的に処理するよう促すという点で有利に働き、これにより知的財産権の権利者の合法的な権利利益をより十分に保護することができる。
三.権利侵害情報の保存要件に関する規定
1.事業者の身分審査および公示
本法第10、15、27および28条の関連規定によると、電子商取引事業者は法により市場主体登記手続きを行い、プラットフォーム上でその主体情報を公示しなければならず、そのうち、プラットフォーム事業者はさらにプラットフォーム内事業者の身分情報の真実性に対して検査を実施し、記録を作成し、定期的に検査を実施して更新し、関連の行政機関に報告しなければならない。これは知的財産権の権利者について言うと、間違いなく権利侵害者の主体情報の特定業務をより簡便にするものであり、さらなる権利利益の保護措置を速やかに講じるうえで有益である。
2.取引記録の保存および取得ルート
本法第25、31条の関連規定によると、電子商取引プラットフォームは「プラットフォーム上で発表した商品及び役務情報、取引情報を記録、保存し、情報の完全性、機密性を確保」しなければならない。さらに保存期間は一般的に3年を下回ってはならず、関連の主管部門が法により上述の電子商取引データ情報を調査、収集する場合は、電子商取引事業者はこれを提供しなければならない。これは知的財産権の権利者について言うと、間違いなく権利侵害に係る証拠の収集に有益であり、権利者は法により司法ルートまたは行政ルートを通じて電子商取引プラットフォーム事業者から権利侵害製品の取引データを調査、収集し、権利侵害者の利益獲得状況を証明することができる。さらに民事訴訟の時効は一般的に3年と規定されているが、これにより知的財産権の権利者は比較的十分に上述の証拠を用いて、自身が受けた権利侵害による損失を証明し、補うことができる。
上述の分析によると、《電子商取引法》の公布と施行は、電子商取引分野の知的財産権の保護の実施を規律、強化するうえで有益になることは間違いなく、知的財産権の権利者が法により自身の合法的な権利?利益を保護するためにより良い環境および利便性をもたらすものであり、また、知的財産権の権利者が本法の関連規定を駆使して、権利利益の適切な保護措置を講じ、電子商取引分野の権利侵害行為を速やかかつ効果的に制止することにより、自身が知的財産権に基づいて保有すべき合法的な権利利益を保障することができると思われる。
渉外紛争解決部
2018年9月20日
注释:
【1】 電子商取引事業者には電子商取引プラットフォーム事業者および電子商取引プラットフォーム内事業者が含まれ、前者は電子商取引において取引双方または複数の当事者にネットワーク上の事業場所、ビジネスマッチング、情報発信などの役務を提供し、取引双方または複数の当事者が独立して取引活動を実施することができるようにする事業主体をいい、後者は電子商取引プラットフォームを通じて商品を販売または役務を提供する電子商取引事業者をいう。《電子商取引法》第9条を参照。
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