中国における知的財産権に対する保護の継続的な強化に伴い、権利侵害の賠償額も日増しに増加しており、悪意により知的財産権訴訟を提起するという現象が知的財産権分野において次第に顕著になりつつある。先ごろ最高人民法院が「知的財産権侵害訴訟において被告が原告による権利濫用を理由として合理的支出の賠償を請求する問題に関する返答」(以下、「権利濫用による合理的支出の賠償請求に関する返答」または「当該返答」という)を発表し、最高人民法院民事審判第三廷も先ごろ当該返答に対する理解と適用について発表したが、最高人民法院の当該返答およびその理解と使用、および当事務所が代理人を務めた「一品石」事件を踏まえて、知的財産権の悪意訴訟に対してどのように対応し、対抗するかについて簡単に紹介する。
一.知的財産権の権利濫用および悪意訴訟の識別
1.「悪意訴訟」とは?
本質的に訴権の濫用に属し、《民事訴訟法》第13条に定める「民事訴訟は信義誠実の原則に従わなければならない」とは相反するものであり、司法実務において一般的に権利濫用(権利の基盤に瑕疵が存在する)、虚偽の事実に基づく提訴、悪意の保全、重複訴訟などの状況が該当する。
「最も厳格な知的財産権の司法保護を実行し、質の高い発展に向けて司法面から支えることに関する江蘇省高級人民法院の指導意見」によると、行為者がその取得した知的財産権に実質的な正当性がないことを明らかに知っているにもかかわらず、自己が形式的に保有する知的財産権を根拠として、不正競争、相手方の正常な経営の妨害などの目的により、他人に対して知的財産権訴訟を提起し、他人に損害をもたらした場合は、知的財産権の悪意訴訟に該当する。
2. 司法実務において、知的財産権の悪意訴訟を構成する「4つの要件」
1)一方の当事者が知的財産権訴訟を提起する方式により特定の請求を提出し、または特定の請求を提出することにより相手を威嚇する(訴訟上の請求の放棄、訴訟の取下げ)。
2)請求を提出した一方の当事者が自身に法律上および事実上の根拠がないことを明らかに知っており、主観上の悪意が存在する。「悪意」の主な構成要件とは第1に自己の訴訟上の請求に事実上および法律上の根拠がないことを明らかに知っている、第2に相手方の合法的な権益を侵害する不正な訴訟目的が存在することである。
3)実際の損害結果が発生している(財産の損失、名誉の毀損)。
4)請求を提出した一方の当事者が知的財産権を提起した訴訟行為と発生した損害結果との間に因果関係が存在する。
二.最高人民法院の「権利濫用による合理的支出の賠償請求に関する返答」に対する簡単な分析
中国のこれまでの現行の法律と司法実務においては、敗訴した被告が勝訴した原告の弁護士費用などの合理的支出を負担するのみで、勝訴した被告が敗訴した原告に対してその支払った合理的支出の賠償を主張する場合は、別件で提訴することしかできなかった。最高人民法院の「権利濫用による合理的支出の賠償請求に関する返答」では国際条約(RCEP協定の規定では「敗訴者は勝訴者に対して合理的な弁護士費用等を支払う」となっており、訴訟主体の地位は限定されておらず、つまり敗訴者、勝訴者と原告、被告が対応していない)を指標として、「一方向型賠償」問題の解決を図っている。
1. 適用条件
被告が立証責任を負う(原告の提訴が権利濫用に該当する。被告の合法的な権益が原告の提訴により損害を受ける)。
原告の提訴が法律に定める権利濫用を構成する(権利濫用か、悪意訴訟かは、手続き上の規定に過ぎず、構成要件は民法典総則編の権利濫用の実体審査基準に従い判断する必要がある)。
被告が訴訟により支払った合理的支出(弁護士費用、交通費用、飲食・宿泊費用などの合理的支出。ここには訴権の濫用により受けたその他の経済的損失は含まれず、別の手段を通じて解決を図らなければならない)を原告が賠償する。
2.適用方式
1)反訴方式を通じて法に基づき請求する。勝訴した被告が権利を濫用した原告に対して訴訟により支払った合理的支出の負担を主張する訴訟上の請求は、原告による被告に対する権利侵害訴訟の提起との間に因果関係が存在することから、併合審理しなければならない。例えば「一品石」商標事件では、被疑事件において原告側による権利の悪意の取得、権利濫用の抗弁を主張した。
2)別件提訴の方式を通じて請求する。別件で悪意により提起された知的財産権訴訟による損害責任紛争訴訟を提起し、弁護士費用などの合理的支出を主張することができる。「一品石」著作権事件では、不正競争訴訟/権利侵害訴訟を主体的に提起し、商標登録者による悪意の警告、悪意の苦情、悪意の訴訟行為に対して併せて責任を追及した。または権利侵害事件に勝訴した後に、別件で悪意訴訟による損害賠償請求訴訟を提起し(悪意により提起された知的財産権訴訟による損害責任紛争)、合理的支出の賠償を主張する。
3)その他の方式の適用の余地を残す。そのうち「法により請求する」という表現により、反訴、別件提訴以外の方式の適用を試すための余地を残している。例えば、苦情、警告を受けた状況の下で、非侵害確認訴訟を提起し、または無効審判/取消しなどの手続きを通じて、その権利の基盤を揺るがす。
三.悪意訴訟/権利濫用に対する対応戦略
1.被疑事件において、原告側による権利の悪意の取得、権利濫用の抗弁を主張する。当事務所が代理人を務めた上述の「一品石」事件以外にも、最高人民法院指導事例82号「歌力思」事件、最高人民法院が発表した知的財産権事件年度報告書(2015年)における「賽克思」事件、および2018年中国法院10大知的財産権事件「優衣庫(ユニクロ)」事件は、いずれもこれに類する典型事例である。
2.苦情、警告を受けた状況の下で、非侵害確認訴訟を提起する。当事務所が過去に代理人を務めた「微信支付(WeChat Pay)」などの事件は、まさにこれに類する典型事例である。
3.権利侵害事件に勝訴した後に、別件で悪意訴訟による損害賠償請求訴訟を提起し(悪意により提起された知的財産権訴訟による損害責任紛争)、合理的支出の賠償を主張する。2019年中国法院10大知的財産権事件、および当事務所が代理人を務めた「金蝶妙想」事件などは、いずれもこれに類する典型事例である。
4.不正競争訴訟/権利侵害訴訟(「一品石」著作権事件など)を提起し,商標登録者による悪意の警告、悪意の苦情、悪意の訴訟行為に対して併せて責任を追及する。
5.これ以外に、原告側の「権利を有する商標」に対して無効審判または取消しなどの手続きを通じて、その権利の基盤を揺るがすことができる。当事務所が代理人を務めた「Zirkulin」などの事件は、いずれもこれに類する典型事例である。
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